気張らないこと、自然体でいること【あるがままを大事に】
写真に限らずもはや生きるテーマにしているのが「自然体であること」です。
元々身体的にも心的にも強い方ではないし、物事を突き詰めて考えて行ったりすることもできません。雰囲気で今まで乗り切ってきましたし、今もそうです。なので、寝る間を惜しんで頑張る、とか、なにかをとことん追求して深く掘り下げていく、とかは苦手です。
それは写真でも同じです。この写真は露出が1段階どーだとか、構図がもう少しどうだとか、照明が、光がどうだとかそんな議論に興味はありません。仕事にされている方であればそれは基本であり大事にしないといけないところだとおも思います。
ですが、自分はあくまでも趣味なのでとりあえず写っていればいいかなーというくらいの雰囲気でやってます。
撮影スタイルとして、
露出は勘
画角も勘
ピントも勘
ということがありえます。
それはカメラによって変わります。ですが、最近フィルムで撮る時は基本露出は勘になってます。
露出計に頼ってると電池を消費するのがめんどくさくなってきました😅意外と露出は雰囲気で決めても写ってるもんですね!笑
画角が勘になるのはleicaで50mm以外のレンズを使う時です。外付けのファインダーが無いのでそこはなんとなくで構図を決めてます😚
ピントはolympus penとかtaxonaとか目測で設定しないといけないものだけ勘になってます。
3つ全部揃うことは今のところ無いのでご安心ください?w
そんな俺でも最初からこうだったわけじゃないし、勘で撮り始めた時もこんなんでいいのかなとか思ったりしてました。だけど、zeiss ikonの中判カメラ super ikonta 532/16を買ったことが転機になりました。
何かの話の流れで店主に「昔の人はいちいち毎回絞りとかシャッタースピードとかを変えてたんじゃない。その日の天気とか出かける場所とかから想像して出かける時に設定してフィルム1本そのままの設定で撮ってたんじゃないか。その内の何枚か写ってたらラッキーくらいの気持ちで撮ってたんじゃないか」と、言われた時に「あ、そんなんでいいんだ。それが自分の撮影スタイルに一番合ってるな!!」と確信しました。
それが自分にとって【写真を撮る】ということなんだと悟りました。
この時の構図はこっちの方がいいこうした方がいい、こういう技術がある、露出は適正がこうだけど、こういう時はアンダーで撮った方がいいとかどうとかいうことは自分にとっては等身大じゃない。背伸びをした偽りの自分なんだって思いました。
その時の雰囲気や気分、天気、さまざまなものの流れを素直に写し出すことが楽しいし、それが写すってことであって、それを続けていけたらいいなって、続けていきたいなってことが、今の俺なんだよなってことに気付きました。
そんな写真たちでも良ければ引き続き見てもらえたらいいなって思います。